◆ パウロの生涯(19)
               
        習志野バプテスト教会週報 
        二〇〇一年七月八日号 
        ▽真理は自由を与える
 
 アメリカの大富豪J・ゴウルドは死ぬ時に言った、
 
「この地上で私こそ一番みじめな人間であろう」
 
 人はこの世の名声や地位があっても幸福ではない。
ビーコンフィールドは両方を手に入れたが次のように書いている。「青年期はまちがいだ。壮年期は苦斗だ。老年期は悔いだ」。
 
 使徒パウロはユダヤ人でありながらユダヤ人の一部の人に憎まれた。生命もねらわれていた。石で打たれたり、ムチでうたれたり、投獄されたりもした。数えきれない苦難を通りながらも彼は自分を幸福な人間として証しをした。
 
一.クリスチャンの能力の範囲を知る。
 
 一つ一つの試練に勝つ力を神からあたえられる。
 苦しみに立ちむかう力を受ける。
 一つ一つの義務をはたす力をあたえられる。
 
二.キリストこそすべての力の源泉でいらっしゃる。
 
 キリストの教え、もはん、聖霊の助けなどを通して 私たちも困難に立ちむかうことが出来るようにされる。
クリスチャンは病気になった時でも神様に感謝をし、賛美をすることが出来る。たとえ持ちものは少なくても満ちたりた思いを持てる。キリストにある幸いだ。
 
バルナバは聖霊と信仰とにて満ちたる善き人なればなり。ここに多くの人々、主に加わりたり。
 かくてバルナバはサウロをたずねんとてタルソに行き、彼にあいてアンテオケにともないきたり、二人ともに一年の間かしこの教会の集会に出でて多くの人を教う。弟子たちのクリスチャンととなえらるることはアンテオケより始まれり。
 使徒行伝十一章二四〜二六節
 
 世界の歴史、宗教に、はかりしることの出来ないほど大きい影響をあたえた使徒パウロも、決して一人で立ったわけではない。
 
 彼の救いと伝道生活に強烈なインパクト(衝撃)をあたえたのは最初の殉教者ステパノの死であった(使八・一)。次に彼を導いたのは祈りの人アナニヤであった。

 使徒行伝四章三十六、三十七節に書かれているヨセフは「なぐさめの子」(バルナバ)とよばれたとうりに、はげしい気性のパウロをやさしく包んで信仰の生きたあかしを見せている。

 
 キリストのみ名のために自分の生命を惜しみなくさし出したステパノは心はパウロの異邦人伝道にそのまま引きつがれている。パウロが復活の主に強い光で照らされて盲目状態になっている時、手をおいて祈り、真理に導いたアナニヤは、パウロが真理を論じ、証しし、人々を光につれてゆくための個人的確信をうえつけたといえよう。それぞれのクリスチャンから強い感化を受けたパウロは私たちにも一つの事例となっている。
  (続く)
 
◎ 暗誦聖句  マタイ伝五章一八節
誠に汝らに告ぐ、天地の過ぎ往(ゆ)かぬうちに、律法(おきて)の一点、一画も廃(すた)ることなく、ことごとく全(まっと)うせらるべし
 

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