◆パウロの生涯(三一)
習志野バプテスト教会週報 二〇〇一年一一月四日号 ▽つつしみて目をさましおれ 使徒行伝一六章一節からは使徒パウロの若い協力者が登場する。テモテという献身者である。 日本はかつて世界に知られる信義と礼の国であった。 武士道にみられるように忠義の社会でもあった。漢字の成り立ちにも学ぶべきところがあると思う。「誠(まこと)」という字は、自分が主君に誓ったことは必ずそのように成ります、という献身の表明であるという。新撰組の旗印のいわんとするところか。 いま、問われているのは献身≠ナある。 信仰の全く異質であった武士たちでさえ、主君のために生命を投げだしたのである。私たちは十字架を見上げて何をなすべきだろうか。 ひと昔前のことだが日本の一政党が解体、当選議員は政権政党に加わったということで新聞をにぎわした。その理由の一つに、元党首の「ナンバー2を育てなかったこと・・・」と取りざたされた。 世間一般でも後継者が誰になるかという課題は事業の成否をきめるといわれる。 旧約においては、アブラハム、イサク、ヤコブと信仰の継続がみられる。モーセとヨシュア、預言者エリヤとエリシャなどは典型的なひきつぎであった。 使徒パウロはその世界宣教において途中で脱落したマルコを同行しない事に決めていた。バルナバはマルコを訓練していこうと心に定めて同行させようとしてパウロとバルナバは論じ合った(使一五・三七〜四〇)。 パウロには時間的余裕がなかった。異邦人伝道は一刻をあらそっていた。後年、この時に足手まといと思われたマルコも成長してパウロの良き協力者となるのである(テモテ後四・一一)。 パウロはルステラで大変評判の良かった若い献身者テモテに出会った。テモテの深い聖書知識と理解、キリストへの献身、そして異邦人伝道への重荷をみてパウロはテモテの同行を求めた。私たちはこのあとにパウロが後悔したということを知らないから、テモテがどれほど忠実に神様に従ったかが推しはかられる。 教会は神様に献身する人たちを訓練し、その才能をのばすように責任を託されているので、忍耐と祈りで支える必要がある。パウロはテモテに対して何くれとなく教え、励まし、「わが子テモテ」と称するほどに若い伝道者を愛し、訓練した。 新約聖書の牧会書簡といわれる「テモテへの前の書と後の書」及び「テトスへの書」等からパウロがどれほど後継者の働きに希望をつないだかということが分かる。(続) ◎ 暗誦聖句 マタイ伝六章二〇節前半 |