◆真の神を知ろう(11)
習志野バプテスト教会週報 二〇〇二年九月一日号 ▽四季の変化を感謝しよう *お金のことは?*
日本では昔から清貧に甘んじるといって正しい行い、正しい生活をして貧しいのは政治家や宗教家の徳のように考えられてきました。 貧しさ。何ともいやなものですね。どうしても心がひくつになりがちです。 あるキリスト教の牧師から直接聞いた話ですが、息子さんが言うには、「お父さんは説教で神さまを信じるものは恵まれるというけれど、何故牧師の家庭は経済的に恵まれないのですか。」 この先生は、その時ハッと感じるところがあり、神さまのみ前に祈りをもったというのです。 イエス様はたしかに「貧しき者は幸いなり」とおっしゃいました。だが、それはすべてではありませんでした。 「心の貧しいものは……」とおおせになったのです。
クリスチャンが商売をしてお金をためることは悪いことでしょうか。事業が成功してお金をもうけることが罪でしょうか。そんなことはありません。正しい方法で得た利益は感謝して受けるべきものです。 問題は「お金の奴隷」となることにあるのです。神さまにおつかえするよりもお金もうけがおもしろくなり、集会を休む、献金をするよりも、いかに献金を少なくできるかに関心をもつならば災いです。ボーナスは献金の対象になるかなどと疑問に思う人は、すでに誘惑に負けているのです。
*保険は?*
アメリカの有名な巡回伝道者R師は、一切保険を使わないと公言していました。けれども、ほかの人が利用することには反対しませんでした。また別の有名なJ伝道者は、家族のことを考えて生命保険、火災保険などに加入していると公言しました。どちらも、自分の信仰の良心に従っているのです。不信仰とか罪とかいうことではありません。 *月賦(ローン)は?* 個人的には、月賦は利用しない主義をとります。何故ですか? 私が弱いからです。同時に損だからです。ただし、現金と月賦の大差がなく使い込む心配のない場合には(たとえば、公庫利用の住宅とか長期払いの辞典とか)利用しても悪くないと思います。 シェイクスピアは、人にお金を貸すときの心得を言いました。「返してもらおうと思うな。あなたは、友人を失うだろうから。」個人的なお金の貸し借りは、出来るだけさける方がよいと思います。
いずれにしても、クリスチャンはパウロの言葉を熟読すべきでしょう。 我はいかなる状(さま)におるとも、足(た)ることを学びたればなり。我はいやしきにおる道を知り、富におる道を知る。…我を強くし給う者によりて、凡ての事をなし得るなり。=@ ピリピ書四章一一〜一三節 ◎ 暗誦聖句 エペソ書六章一八節後半
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