キャンプの祝福(二)
     習志野バプテスト教会週報
     二〇〇三年二月一六日号
     ▽主と共に歩こう

二〇〇二年夏、ロン・ホワイト博士のメッセージから

(なんじ)生命の道を我に示し給わん、汝の御前には充ち足 れるよろこびあり、汝の右にはもろもろの快楽(たのしみ)とこしえにあり。           

詩篇一六篇一一節

 生命の道はイエス・キリストでいらっしゃいます。イエス・キリストは私たちを救ってくださり、永遠の生命をお与え下さいます。

 “それ神はその独子
(ひとりご)を賜(たも)うほどに世を愛し給えり、すべて彼を信ずる者の亡びずして、永遠(とこしえ)の生命(いのち)を得んためなり。”           ヨハネ伝三章一六節

我らがなお罪人たりし時、キリスト我らのために死に給いしに由りて、神は我らに対する愛をあらわし給えり。
     ロマ書五章八節


誰でも救いに導かれるというすばらしいお約束です。それは、救い主がいらっしゃるからです。イエス・キリストはあなたのために死んでくださいました。そして、あなたのために甦られたのですから、それを信じるなら誰でも救われるのです。私は一一歳のとき信じて救われたのですから、子供でも救われるのです。

 下の図は、生まれて から死ぬまでの人の道 を表しています。聖書

で示している命とは永遠に続く命、すなわち、 人は地上に生を受けた

だけでなく、人はもう 一度生まれなければな らないことを意味します。

 人はイエス・キリストを救い主として信じ受け入れるならば、新しく生まれることができます。そのときから死へ向かう道ではなく、永遠の生命へ向かう道を歩き出すのです。この図の中心の点が「新生」を示しています。この時点から地獄への滅びの方向ではなく、生命への道に向かうのです。私の新生の時点は一一歳でした。そのときから私は永遠の生命の道を歩き始めたのです。新生は年齢に関係なく、若くても年をとってからでも、主の御名を呼び求めれば可能なことです。地上で生きる限り、神様は私たちを緑の牧場に導いてくださいます。

エホバはわが牧者(ぼくしゃ)なり、われ乏(とも)しきことあらじ。エホバは我をみどりの野に臥(ふ)させ、いこいの水濱(みぎわ)にともない給う。=@         詩篇二三篇一〜二節

このお約束の通り、主は私たちに生命の道を知らせてくださいます。迷うことはありません。キリストから目を離すと私たちは迷ってしまいます。幸いなことに、イエス様は羊飼いですから、私たちを探しに来られます。(続)

 

◎ 暗誦聖句 マタイ伝七章二一節 

 


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