◆ ロマ書の学び(381)

        習志野バプテスト教会週報
         二〇一一年六月一二日号
         ▽ み言葉に生きる

 

  我(われ)ケンクレヤの教會(きようかい)の執事(しつじ)なる我(われ)らの姉妹(しまい)フィベを汝(なんじ)らに薦(すす)む。なんぢら主(しゆ)にありて聖徒(せいと)たるに相應(ふさわ)しく彼(女)を容(い)れ、何(なに)にても其(そ)の要(よう)する所(ところ)を助(たす)けよ、彼(かれ)は早(はや)くより多(おお)くの人(ひと)の保護者(ほごしや)また我(わ)が保護(ほご)者(しや)たり。
     ロマ書一六章一〜二節

  特に使徒時代は、貧しいクリスチャンが多く、健康の良くない人や、言葉があまり通じない人もいた。ある程度余裕(よゆう)のある人は、教会に来るとき自分のお弁当以上に食べ物を用意してきて、食事を用意できない人に分配することがあったようである。特に、使徒行伝のはじめの方には、持てる者が皆持ち寄って教会で分け合ったと書いてある。私たちは毎月ミッション・プレートをおこない出来るだけ多くの皆さんが同じ食事にあずかるように、そしてその献金を海外宣教にささげている。

  使徒時代、男性と女性がはっきり区別され、それが社会的要因になったということは否定できない。東南アジアのインド、パキスタン、バングラデシュあるいはマレーシアなどの教会に行くとはっきりと男女が分かれている。バングラデシュの教会でも椅子を使わないでゴザを敷いて座っているが、片側は男性ばかりである。どこの国でも女性が多く、半分以上のスペースに頭を白い布でおおった女性があぐらをかき、スカートで膝を覆(おお)い、礼拝を守っている。日本でも教会によっては男性の席と女性の席が分かれているが、私たちの教会は、自由に座っていただいている。

  男性は女性とあまり口をきかない。特にユダヤ人の間では、ヨハネ伝四章をみると分かるようにサマリヤの女性は夕方、人の目につかない時間に水を汲(く)みに行った。しかも、ユダヤ人の男性が見ず知らずの女性に口をきくことはあり得ないことだったということが分かる。彼女は驚いてイエス様と話を始めていくわけだが、そういう時代であるから婦人が女性の頭(かしら)(リーダー)に、男性は男性の頭(かしら)についたわけである。そこで、信仰の厚い、しかも仕える気持ちの強い人々が教会に仕えたようである。日本ではある団体、またこうした奉仕グループでは奉仕女(め)とか仕(つか)え女(め)とか呼んでいるようだ。 (続く)

 

◎ 暗誦聖句  詩篇九一篇四節
かれその羽(はね)をもて汝を庇(おお)い給(たま)わん。汝その翼(つばさ)の 下に隠(かく)れん。


本ページへの問い合わせは ruthdick@mtj.biglobe.ne.jp までお願いします。