◆ ペテロの生涯(2)
習志野バプテスト教会週報
”彼ら直ちに網をすてて従えり”
信仰生活には正しい順序がある。「学問に王道なし」といわれるが、それは救いにおいても同様である。 ある伝道者は長年の経験からこう言った。 「偉大な人物は単純な信仰の持主である」 教会の歴史において重要な位置をしめる使徒ペテロといえどもその求道から献身への道は私たちとかわらないのである。 ”せまき門より入れ、ほろびにいたる門は大きく、その道は広く、これより入る者おゝし。生命にいたる門はせまく、その道は細く、これを見出すもの少なし。”
キリストの十二弟子のリーダー格となったペテロは、はじめ弟のアンデレによってキリストのもとにつれて行かれた。「われらメシヤ(キリスト)にあえり」という言葉にシモン・ペテロは半信半疑で従った。家族をキリストに導くことはむずかしい。”連れきたれり”という聖書の記述に真実さを感じる。 シモンはイエスさまにお会いした時、まず自己紹介をする前にイエスさまから名前をよばれておどろいた。 創世記三章八、九節をふりかえってみよう。
神さまはアダムの居場所をご存知ないわけではなかったのになぜだろう? アダムとエバに罪の自覚(認罪)をおこさせるためではなかったろうか。私たちは自分自身の罪深い姿を認める(せまい門)ことから始まるが、認罪は神のみ前に立たされなければおこらないだろう。キリストの罪に対するきびしさ、罪人を救おうとなさる愛の深さの前に私たちはひれふすのだ。
シモンが新しい性質(キリストの生命)をいただいてペテロといわれてからの奉仕は、火の試練に勝った。
◎ 暗誦聖句 エペソ書五章十八後半十九前半
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